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山形地方裁判所 昭和39年(ワ)257号 判決 1965年11月16日

原告 半田敏

被告 山形庶民信用組合

主文

被告は原告に対し金二十八万三千円及び之に対する昭和三十九年十二月三日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二十八万三千円及び之に対する昭和三十二年九月十一日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因並びに被告の主張に対する答弁として、

一、山形市清水町三十五番の二、宅地四十三坪(以下、本件土地)は、訴外五十嵐弥九郎の所有に属し、もと山形市下条町字安堵橋四百八十四番の三、畑四畝歩の一部であつたが、同訴外人は、昭和三十年六月九日山形県知事の許可を得て之を宅地百二十坪に地目を変換すると同時に、六十坪を分筆登記したところ、その後土地改良事業により本件土地の四十三坪となつたものである。

二、ところで、訴外五十嵐は訴外遠藤倉次郎と共に連帯債務者となり、昭和三十一年一月二十九日本件土地につき、被告のため金二十五万円の根抵当権を設定して金員を借受けたが、債務を弁済しなかつたため昭和三十一年七月十七日被告より競売を申立てられ、山形地方裁判所昭和三一年(ケ)第五九号事件として手続が進められた結果、原告が昭和三十二年七月二十九日代金二十八万三千円で之を競落し、競落代金納付の上同年八月十九日所有権移転登記手続を経由した。

三、然るに意外にも、その後訴外五十嵐は原告及び被告の両名を相手取り、山形地方裁判所に対し、本件土地に関して所有権確認、抹消登記、債務不存在確認等の訴を提起し、該訴は同裁判所昭和三二年(ワ)第一五四号事件として係属し、審理された結果請求棄却の判決が言渡されたところ、之に対し同訴外人は控訴を提起し、該控訴事件は仙台高等裁判所昭和三三年(ネ)第四六四号事件として係属審理された結果、本件土地は競落許可決定当時現況農地であつたから、之を看過した競売手続に瑕疵があり、従つて競落許可決定は無効であつて所有権移転の効力を生じないものと認定され、原判決取消の判決が言渡された。そこで原告は、上告の申立に及んだが、昭和三十八年十月二十四日上告棄却の判決言渡があり、該事件は確定するに至つた。

四、以上の次第で、前記競売事件に於ては、競売目的物件の本件土地が終始宅地として取扱われ、原告は、右手続を信頼して金二十八万三千円で之を競落し、代金を完納して所有権取得登記迄完了したのであるが、前項に記載した訴訟の経過により、本件土地が依然として訴外五十嵐の所有であることが判決を以つて確定され、そのため原告名義の所有権移転登記は、昭和三十八年十二月二十七日判決を原因に抹消されて了つた。即ち、原告は本件土地の競落人として競落代金を完納し乍ら、遂に本件土地の所有権を取得することが出来ない状態に立至つたものである。一方被告は、原告が納付した金二十八万三千円を、昭和三十二年九月十日前記競売事件の配当金として領収しているが、被告の領収した右配当金は、前記競売手続が確定判決により無効と認定された以上、之をそのまま保有すべきいわれがなく、当然原告に返還すべき不当利得である。よつて、原告は被告に対し、不当利得金二十八万三千円及び之に対する、被告が不当に利得を得た日の翌日である昭和三十二年九月十一日以降完済迄、民事法定利率の年五分の割合による利息の支払を求めるため、本訴に及ぶ次第である。尚、原告は本訴提起に先立ち、山形簡易裁判所に対し、被告及び訴外五十嵐の両名を相手に本訴と同旨の民事調停を申立てたが、不調に終つたものである。

五、被告の主張事実中、山形地方裁判所昭和三二年(ワ)第一五四号事件及び仙台高等裁判所昭和三三年(ネ)第四六四号事件に於て、何れも被告が勝訴したことは之を認める。その余の主張の内、原告の主張に反する点はすべて之を否認する。

と陳述し、立証として、<省略>……した。

被告は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、

一、請求の原因第一、二、三項の各事実及び同第四項の内、被告が昭和三十二年九月十日原告主張の競売事件について配当金二十八万三千円を受領した事実並びに民事調停不調の事実は、何れも之を認める。

二、被告は、原告主張の山形地方裁判所昭和三二年(ワ)第一五四号事件及び仙台高等裁判所昭和三三年(ネ)第四六四号事件に於て何れも勝訴し、被告の訴外五十嵐及び訴外遠藤倉次郎に対する根抵当権設定手形割引契約は適法であることが確認されたのであるから、被告が山形地方裁判所昭和三一年(ケ)第五九号競売事件の配当金二十八万三千円を受領したことは、全く適法な行為であつて何等不当利得に該当しない。即ち、本訴請求の金二十八万三千円は、原告が本件土地を競落した代金として山形地方裁判所に納付したものであり、之を被告が、訴外五十嵐の債務弁済金として同裁判所を通じ適法に受領し、その範囲に於て同訴外人の被告に対する債務が消滅した関係にあるから、原告主張の如き事情の下に於ける不当利得者は寧ろ債務者の訴外五十嵐であつて、原告は、訴外五十嵐に対して本訴と同旨の請求をなすべく、直接被告に対して競落代金の返還を求める本訴請求は正に失当と言わねばならない。

三、然も、原告が本件土地を低廉な価格で競落したため、被告は、訴外五十嵐、同遠藤に対する手形貸付元金二十五万円の内金二十万五千二百七十円より弁済を受けることが出来ず、残元金四万四千七百三十円及び競落後の遅延損害金は未だに回収が出来ない状態にある許りか、被告の本件土地に対する根抵当権設定登記は既に抹消されたのに対し、訴外五十嵐は、自から債務弁済もせずに担保土地を無疵の状態にした上その所有権を回復したのであるから、同訴外人こそ正に不当利得者に該当する。従つて、被告の根抵当権設定登記の回復登記を行い、被告の債権を保全する手段を講じ、且つ再競売の手続が執られるのであれば格別、現状のままに於て被告にのみ損害を転嫁せんとする本訴請求は、著しく公平を失するから排斥されるべきものである。

四、更に、前記競売事件の競落許可決定より既に三年余を経過した後に至り、確定判決を以つて該競落許可決定が取消され、一旦原告の所有に帰した本件土地が無疵となつて訴外五十嵐の所有に回復されたと言う経緯にある本件にこそ、まさに民法第七百七条を適用し、原告は被告に対して競落代金の返還を請求し得ず、その代り原告は、訴外五十嵐に対し求償権を以つて競落代金相当額の請求をなすべきであると解するのが至当である。尚、叙上の経緯によれば、被告は悪意の受益者に該当しないことが極めて明白であり、原告の利息の請求もまた失当と言わねばならない。

五、以上、如何なる事由によるも、被告は原告の本訴請求に応ずべき義務がない。

と陳述し、<立証省略>……と述べた。

理由

請求の原因第一乃至第三項の事実及び同第四項の内、被告が昭和三十二年九月十日山形地方裁判所昭和三一年(ケ)第五九号競売事件の配当金二十八万三千円を受領したこと、原告申立の民事調停が不調に終つたこと、並びに原告主張の山形地方裁判所昭和三二年(ワ)第一五四号事件と仙台高等裁判所昭和三三年(ネ)第四六四号事件とに於て被告が勝訴したことは、何れも当事者間に争がなく、成立に争なき甲第一号証によると、原告が、前記競売事件の競落許可決定により取得した本件土地に対する所有権移転登記が、昭和三十八年十二月二十七日判決を原因に抹消されていることが認められる。

よつて案ずるに、先ず、担保権実行による任意競売の場合、一旦確定した競落許可決定に対し、更に実体上の抗弁権を主張してその効力を争い得るか、否かについては従来より見解の分かれるところであるが、国家機関が形式上有効なる手続を経て競売を実施した以上、その手続自体を争う以外に、実体上の理由を以つて間接に之を否認し得ないとする考方にも充分の根拠があるけれ共、他方、競落物件に対して実体上の抗弁権を有する者又はその所有権者の保護をも考慮する必要があるから、実体上の抗弁権を有する者は、競売手続完結後と雖も尚競落による所有権移転の効力を争うことが出来ると解するのが相当である。而して本件に於ては、訴外五十嵐は競落人である原告を相手取り、本件土地が現況農地であるのに拘らず、前記競売事件が之を宅地に扱つて手続を完結したので、その競落許可決定により本件土地の所有権を失うことがないとの実体上の抗弁権を主張した上、右主張を認容する旨の確定判決を得て原告の競売取得登記を抹消したのであるから、右競落許可決定の効力は該確定判決により間接的に否認されたものと言うべく、従つて原告は、競落不動産の所有者である同訴外人に対し売買を解除する迄もなく、競落の目的を遂げなかつたものと言わねばならない。

そこで進んで、不当利得の成否について検討を加えるに、前説示の通り原告は、前記競売事件の競落許可決定に基づき執行裁判所に対して競落代金二十八万三千円を納付したのに拘らず、後日右競落許可決定が確定判決を以つてその効力を否認され、遂に競落物件の所有権を取得することが出来ない状態に立至つたものである以上、原告の納付した右競落代金が原告の損失に属し、他方、被告が之を執行裁判所より配当金として受領したことが、被告の積極的な利得に該当することは最早争う余地のないところと言わねばならない。然し、原告が支出した金二十八万三千円が競落代金であるのに対し、被告が受領した同額の金員は訴外五十嵐に対する債権の弁済なので、原告の損失と被告の利得との間に果して直接の因果関係が存在するか否かが問題とされねばならないが、執行裁判所の行う任意競売は、一般私人が自己の財産を処分した対価を他の債権者に弁済するような場合と異り、競落人が競落代金を完納すると、執行裁判所が職権を以つて、先ず競売費用を控除し、その余を遅滞なく之を受取るべき者に交付する配当手続を実施し、以つて各債権者の満足を図るところの強制的な売買であつて、もとより競落物件の所有者に剰余金を除く競落代金の自由な処分を許さない性質のものであるから、原告の損失と被告の利得との間には、所謂社会観念上の牽連関係即ち直接の因果関係が存在すると認めるのが妥当である。次に、民法は不当利得の成立要件として法律上の原因のないことを挙げているが、本件の如く、利得が執行行為に基づく場合に、後日該執行々為が確定判決を以つてその効力を否認されたときは、右の利得は法律上の原因を欠くことが明らかであると言うべきである。そうだとすると、競落人である原告より、競売申立人即ち債権者である被告に対し、金二十八万三千円の不当利得返還請求権が成立するものと認定せざるを得ない。従つて、之に反する被告の主張はすべて採用し難い。特に被告は、被告の訴外五十嵐に対する根抵当権設定登記が抹消されて了つた現在に於て、今更被告にのみ不当利得の返還義務を強いるのは著しく公平を失すると強く抗争するが、被告の根抵当権設定登記が全く回復の余地がないものとも考えられないので、右主張も採用することが出来ない次第である。

尚、利得の当時善意であつても、後に悪意となつたものは、その時から悪意の受益者としての責任を負うと解されるところ、被告が執行裁判所より配当金を受領した昭和三十二年九月十日当時は、未だ競落許可決定の効力が否認されていなかつた許りでなく、被告はその後の山形地方裁判所昭和三二年(ワ)第一五四号事件と、仙台高等裁判所昭和三三年(ネ)第四六四号事件とに於て何れも勝訴しているので、配当金受領の時を以つて直ちに被告を悪意の受益者と認めることが出来ないのは言う迄もないところである。次に、原告が申立てた上告事件は昭和三十八年十月二十四日に確定しているが、該上告事件には被告が当事者に加わつていない許りか、その頃原告が被告に対し本訴と同旨の請求を行つた証拠がないので、右の時期を以つて被告の悪意を認定する標準とするのは相当でない。原告は又、本訴提起に先立ち、之と同旨の民事調停を山形簡易裁判所に申立てているけれ共、その申立の時期につき立証がないので、これもまた悪意認定の基準とするに足りない。結局、民法第百八十九条第二項に準じ、本訴状が被告に送達された日であること記録上明白な昭和三十九年十二月二日を以つて、被告は悪意の受益者としての責任を負うに至つたと認めるのが最も明瞭である。従つて、被告はその翌日より本件の不当利得金に対する年五分の割合による利息を支払うべき義務があり、これを超える原告の利息の請求は失当として棄却を免かれないものである。

果して然らば、被告は原告に対し、不当利得金二十八万三千円及び之に対する昭和三十九年十二月三日より完済に至る迄年五分の割合による金員の支払義務があるので、原告の本訴請求は右の限度に於て正当として之を認容すベく、その余は失当として之を棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を各適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

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